建物の所有権保存登記は誰でもできる?本人申請できるのか?

マイホーム等の不動産を取得した時、多くの所有者が直面するのが「登記」という複雑な手続きです。特に、費用を少しでも抑えたいと考える中で、「建物の所有権保存登記は、自分でできるのだろうか?そもそも、誰でも申請できるものなのか?」という疑問が浮かぶのは自然なことでしょう。
この問いは、二つの異なる側面から解き明かす必要があります。
- 法的な資格: 法律上、誰が所有権保存登記の申請人として認められているのか?
- 実務上の可能性: 法的に資格のある人が、実際に専門家の手を借りずに手続きを完了させることは可能なのか?そして、それはどのような条件下で現実的と言えるのか?
この二つの問いに徹底的に答えていきます。所有権保存登記の法的な定義と役割から始め、不動産登記法が定める申請資格者を明確にし、さらに「本人申請」という選択肢の現実的な可能性と限界、特に住宅ローンが及ぼす決定的な影響について深く掘り下げます。この解説を通じて、新築建物の所有者が自らの財産を守るための最初の一歩を、確信を持って踏み出すための知識を提供します。
第1章 所有権の礎:所有権保存登記を解き明かす

所有権保存登記について正しく理解することは、不動産という重要な資産を法的に保護する上で不可欠です。この登記が持つ意味、その前提となる手続き、そしてなぜそれが「任意」でありながら「実質的に必須」なのかを明らかにします。
1.1 所有権保存登記とは何か?
所有権保存登記とは、端的に言えば、新しく建てられた建物について、その不動産に対する最初の所有権を公に記録する手続きです 。登記簿という国の公式な帳簿に「この建物は、この人物の所有物です」と初めて明記する行為であり、これにより、その建物が誰のものであるかが法的に確定します 。
この登記は、登記簿の中でも「権利部(甲区)」と呼ばれる、所有権に関する事項を専門に記録するセクションに行われます 。権利部(甲区)に最初の所有者として名前が記載されることで、所有権の歴史がスタートするのです。
1.2 「対抗力」という絶大な効果
所有権保存登記がもたらす最も重要な法的効果は「対抗力」です 。対抗力とは、建物の所有者であることを、当事者間だけでなく、全く関係のない第三者(例えば、将来の買主や銀行など)に対しても法的に主張できる力のことです 。
民法第177条は、不動産に関する物権の変動は、その登記をしなければ第三者に対抗できないと定めています 。つまり、登記がなければ、たとえ建物を建てた本人であっても、後からその不動産に対して権利を主張する他人が現れた場合に、自分の所有権を法的に証明することが困難になる可能性があるのです。所有権をめぐる裁判になった際も、登記を備えている側が勝つのが原則です 。
したがって、将来的にその建物を売却したり、住宅ローンを組む際の担保として提供したりするためには、この所有権保存登記が不可欠な証拠となります 。
1.3 極めて重要な前提:「建物表題登記」
所有権保存登記(誰が所有者かを記録する登記)を行うためには、その前に必ず完了していなければならない手続きがあります。それが「建物表題登記」です 。
- 建物表題登記(表示に関する登記): これは、建物の物理的な状況を明らかにするための登記です 。建物の所在地、構造、床面積といった「建物のスペック」を登記簿の「表題部」に記録します 。この登記は、建物の完成後1ヶ月以内に申請することが法律で義務付けられており、怠ると10万円以下の過料に処せられる可能性があります 。この手続きは、不動産の物理的状況の調査・測量を専門とする土地家屋調査士が担当します 。
- 所有権保存登記(権利に関する登記): こちらは、表題登記によって物理的に特定された建物について、その権利関係(誰が所有者か)を明らかにする登記です。法律上の申請義務はなく「任意」とされていますが 、前述の対抗力を得るために実務上は必須です。この手続きは、権利関係の登記を専門とする司法書士が担当します 。
1.4 所有権保存登記は任意?
ここで、多くの新築所有者が混乱する二つの重要な構造が見えてきます。
一つ目は、「任意だが実質的に必須」という矛盾です。法律が所有権保存登記を「任意」としているのは 、自己の権利を第三者に対抗させる利益を受けるかどうかは当事者の意思に委ねるべき、という考え方に基づいています 。しかし、現代の経済社会において、この考え方は現実と乖離しています。住宅ローンを組む銀行や将来の買主は、登記によって法的に保護された明確な所有権を要求します 。その結果、登記がなければ不動産は「塩漬け」状態となり、売却も担保設定もできず、資産価値が著しく損なわれます。つまり、法理論上の「任意」は、経済的現実の前では「必須」へと変わるのです。このギャップが、手続きの重要性に対する誤解を生む一因となっています。
二つ目は、日本の不動産登記制度が採用する「二人の専門家が確認する」システムです。新築の建物を登記するプロセスは、二段階に分かれ、それぞれ異なる専門家が担当します。
- 土地家屋調査士が、建物の物理的な存在を確定させる「建物表題登記」を行います 。これは義務であり、事実に基づいた登記です。
- 建物表題登記後、司法書士が、その建物に法的な権利を設定する「所有権保存登記」を行うことができます 。これは任意であり、権利に基づいた登記です。
この分業体制は、不動産の物理的側面と権利的側面を明確に区別するという法思想を反映していますが、所有者から見れば「自分の家を登記する」という一つの目的に対し、二人の専門家が関与し、二つの手続きと費用が発生する、断片的で分かりにくいプロセスに感じられることがあります 。この構造的な複雑さこそが、所有者が抱く「誰でもできるのか?」という疑問の根源にあると言えるでしょう。
この二つの登記の違いを明確に理解するために、以下の表にまとめます。
表1:建物表題登記と所有権保存登記の主な違い
特徴 | 建物表題登記 | 所有権保存登記 |
目的 | 建物の物理的状況を特定する | 最初の所有者を法的に確定させる |
法的義務 | 義務(建物完成後1ヶ月以内) | 任意(ただし実務上は必須) |
登記情報 | 所在地、構造、床面積など | 所有者の住所・氏名 |
登記簿の箇所 | 表題部 | 権利部(甲区) |
担当専門家 | 土地家屋調査士 | 司法書士 |
法的効果 | 不動産を物理的に公示する | 第三者への対抗力を発生させる |
第2章 所有権保存登記を申請できる資格者

「所有権保存登記は誰でもできるのか?」という問いの法的な側面、すなわち「誰に申請する資格があるのか?」について、法律の条文に基づいて明確に回答します。
2.1 法律は明確:申請できる者は限定されている
所有権保存登記の申請は、誰にでもできるわけではありません。申請できる者の資格(申請適格)は、不動産登記法第74条によって厳格に定められています 。この条文が、問いに対する直接的な法的根拠となります。
2.2 法律が認める申請資格者
不動産登記法第74条は、所有権保存登記を申請できる者を、原則として以下の通りに限定しています。
- 表題部所有者又はその相続人その他の一般承継人 これが最も一般的なケースです。前述の「建物表題登記」が完了した際に、登記簿の表題部に所有者として記載された人物(表題部所有者)が申請資格者となります 。もし、表題部所有者が所有権保存登記を行う前に亡くなってしまった場合、その法定相続人が直接、自己名義で保存登記を申請することができます 。これにより、一度亡くなった方の名義で登記してから相続登記を行うという二度手間と余分な登録免許税を省くことができ、手続きが合理化されます 。
- 所有権を有することが確定判決によって確認された者 建物の最初の所有者が誰であるかについて争いが生じ、裁判に発展した場合、その訴訟に勝訴し、所有権が自分にあることを認める判決が確定した者は、その判決書を証拠として保存登記を申請できます 。
- 収用によって所有権を取得した者 国や地方公共団体が、道路建設などの公共事業のために土地収用法に基づいて土地や建物を取得(収用)した場合、その事業主体が所有権保存登記を申請することができます 。
- 【特例】区分建物の表題部所有者から所有権を取得した者 分譲マンションなどの区分建物については、実務上の便宜を図るための重要な例外規定が設けられています。通常、マンションはデベロッパー(不動産開発業者)が一棟全体を建築し、各部屋の表題部所有者として登記されます 。このルールに基づき、デベロッパーから直接マンションの一室を購入した買主は、自ら所有権保存登記を申請することが認められています 。
2.3 法の現実主義と隠れた複雑さ
不動産登記法第74条の規定を深く読み解くと、法律が持つ現実的な側面と、一見単純に見えるルールに潜む複雑さが見えてきます。
まず、区分建物(マンション)の購入者に関する特例 は、法律が現実の不動産市場の取引形態に柔軟に対応している好例です。もしこの特例がなければ、大規模マンションの開発業者は、完成した数百戸の全住戸について、まず一度すべて自己名義で所有権保存登記を行い、その後、個々の買主に対して一件ずつ「所有権移転登記」を行わなければならなくなります。これは、膨大な時間と費用を要する非効率的なプロセスです。そこで不動産登記法第74条2項は、最終的な買主が「中間」を省略して直接自己名義で保存登記をできるようにすることで、この手続きを劇的に簡素化しています。これは、法律が単なる硬直した規則の集合体ではなく、社会経済活動の効率化のために進化するものであることを示しています。
次に、相続人による申請ルール には、共有財産に関する重要な原則が隠されています。法律は、所有権の「一部」だけを保存登記すること(所有権一部保存登記)を認めていません 。例えば、AとBが建物を2分の1ずつ相続した場合、Aが自分の持分である2分の1だけを登記することはできません。申請は必ず、AとBの共有名義で、不動産全体に対して行われなければならないのです 。これは、登記簿上で権利が細分化され、権利関係が複雑になることを防ぎ、登記の公示機能を維持するための重要なルールです。ただし、この申請行為自体は、民法上の「保存行為」にあたるため、相続人の一人が他の共有者の代理として、全員のために申請を行うことは可能です 。この仕組みは、登記の完全性を保ちつつ、相続人全員が足並みを揃えるのが難しいという実務上の困難さに配慮した、絶妙なバランスの上に成り立っています。
第3章 本人申請の現実

法的に申請資格があることが分かったところで、次に核心的な問い、「資格のある人は、実際に自分で登記手続きができるのか?」に移ります。ここでの答えは、理論と現実の間に横たわる、ある一つの大きな壁の存在によって左右されます。
3.1 理論上の可能性
原則として、第2章で解説した法的な申請資格を持つ人物であれば、司法書士に依頼することなく、自ら法務局で手続きを行うこと(本人申請、または自己申請)が可能です 。法律は、当事者本人が自らの権利に関する手続きを行うことを妨げていません。
3.2 住宅ローンの存在
しかし、この理論上の可能性は、多くの場合、住宅ローンという現実の壁の前に無力化されます。結論から言えば、新築の建物のために住宅ローンを利用する場合、所有権保存登記を自分で行うことはほぼ不可能です 。
その理由は、融資を行う金融機関(銀行など)の視点に立つと明確に理解できます。
- 銀行は、数千万円にも及ぶ高額な融資の安全性を確保するため、購入する不動産に抵当権という担保を設定します。この抵当権を設定する登記を「抵当権設定登記」と呼びます。
- この抵当権設定登記は、大前提として、建物の「所有権保存登記」が完了していなければ申請することができません。実務上、この二つの登記は、所有者の権利を確立すると同時に銀行の担保権を確保するため、一括で、かつ間髪入れずに申請されます 。
- もし、所有者が本人申請した所有権保存登記に何らかの不備があり、申請が遅れたり、却下されたりした場合、それに続く抵当権設定登記も連鎖的に失敗します。これは銀行にとって、融資した資金が無担保状態になるという、到底受け入れられないリスクを意味します 。
- このリスクを完全に排除するため、金融機関は融資の絶対条件として、自らが指定または承認した司法書士に、所有権保存登記と抵当権設定登記の一連の手続きを間違いなく、かつ迅速に処理させることを要求します 。
3.3 本人申請が現実的な選択肢となる場合
上記の理由から、本人申請が現実的な選択肢となるのは、主に以下のような限定的なケースです。
- 新築の建物を自己資金(現金)で購入し、住宅ローンを一切利用しない場合。
- 相続した未登記の建物について、相続人が登記を行う場合(この場合も、その不動産を担保に融資を受ける予定があれば同様に困難になります)。
これらのケースであっても、複雑な書類作成を正確に行う自信があり、法務局とのやり取りに時間を費やすことを厭わず、万が一のミスに対するリスクを自己責任で負う覚悟が必要です 。
3.4 住宅ローン契約が持つ事実上の拒否権
この構造は、法律と商慣習の関係性を示す興味深い事例です。法律は、所有者に本人申請の権利を与えています 。これは公法上の権利です。一方で、住宅ローン契約は、所有者と銀行との間で交わされる私的な契約です。
銀行は、融資契約の条件として、自らの担保権を保全するために専門家による完璧な登記手続きを要求します 。住宅ローンを必要とする所有者は、本人申請の権利を行使することよりも融資を受けることを優先するため、この銀行の条件を「自発的に」受け入れざるを得ません。結果として、所有者は本人申請の権利を事実上、放棄することになります。
これは、私的な商慣習や契約条件が、法律で認められた個人の権利の行使を事実上制限するという構図を示しています。したがって、住宅ローンを利用する所有者にとっての問いは、「法的に自分で登記できるか?」ではなく、「銀行がそれを許可してくれるか?」であり、その答えは、ほぼ例外なく「ノー」なのです。
第4章 本人申請の実践ガイド

住宅ローンを利用せず、本人申請という道を選ぶことを決めた方のために、具体的な手続きの流れを解説します。このプロセスは大きく分けて、①書類の収集、②申請書の作成、③法務局への提出、④完了書類の受領、という4つのステップで構成されます 。
4.1 ステップ1:必要書類の収集
手続きの成否は、この最初のステップである書類収集の正確性にかかっていると言っても過言ではありません。細心の注意を払って準備を進める必要があります。
表2:本人申請のための必須書類チェックリスト
書類名 | 目的 | 入手先 | 重要事項・注意点 |
登記申請書 | 手続きの本体となる申請書類 | 法務局のウェブサイトからダウンロード | 公式のひな形を使用し、一字一句正確に記入する。 |
住民票の写し | 申請者の現住所を証明する | 住所地の市区町村役場 | 【最重要】マイナンバー(個人番号)が記載されていないものを用意する 。所有者個人のものでよく、世帯全員分は不要 。 |
住宅用家屋証明書 | 登録免許税の大幅な軽減措置を受けるために必要 | 建物の所在地の市区町村役場 | 取得には厳しい要件あり(自己居住用、床面積50m2以上、新築後1年以内の登記など)。取得費用は1,300円程度 。取得には建築確認通知書など他の書類が必要 。 |
委任状 | 家族など、申請者本人以外の代理人が法務局へ書類を提出する場合にのみ必要 | 自身で作成またはテンプレートを利用 | 申請者本人が法務局へ行く場合は不要。 |
印鑑 | 申請書に押印するため | 個人の印鑑 | 実印である必要はなく、認印で可 。 |
(相続の場合) | 被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本、相続人全員の戸籍謄本、遺産分割協議書(必要な場合)など、相続を証明する一連の書類が必要 。 |
4.2 ステップ2:登録免許税の計算
登記を申請する際には、国に登録免許税という税金を納付する必要があります。税額は、不動産の価額(固定資産評価額)に基づいて計算されます。
- 原則税率: 不動産評価額の 0.4% 。
- 軽減税率: 上記の「住宅用家屋証明書」を提出することで、税率が 0.15% に軽減されます(長期優良住宅などの場合はさらに0.1%に軽減される特例あり)。これは非常に大きな節税効果があるため、対象となる場合は必ず証明書を取得すべきです。
【計算例】建物の評価額が2,000万円の場合
- 原則税率での税額: 20,000,000円×0.4%=80,000円
- 軽減税率での税額: 20,000,000円×0.15%=30,000円 (この場合、50,000円の節税になります)
4.3 ステップ3:登記申請書の作成
法務局のウェブサイトから最新の申請書様式(ひな形)をダウンロードし、記入例を参考にしながら作成します 。
- 登記の目的: 「所有権保存」と記載します 。
- 所有者: 住民票の記載と完全に一致する住所、氏名を記載します。共有の場合は、全員の住所、氏名、持分を記載します 。
- 添付情報: 提出する書類の名称(例:住所証明情報、住宅用家屋証明書)を記載します 。
- 課税価格・登録免許税: 計算した不動産の評価額と、それに基づいて算出した税額を記載します。
- 押印: 氏名の末尾に認印を押します 。
4.4 ステップ4:法務局への提出
申請書類一式は、その不動産の所在地を管轄する法務局に提出する必要があります。どこの法務局でも良いわけではないので注意が必要です 。
- 提出方法:
- 窓口持参: 平日の開庁時間(通常8時30分~17時15分)に窓口へ直接持参します 。本人申請の場合、その場で職員が書類を簡単にチェックしてくれ、軽微な不備であれば修正を指示してくれることもあるため、最も確実な方法です 。最終提出の前に、一度作成した書類を持参して事前相談をすることも強く推奨されます 。
- 郵送: 書類一式を管轄法務局宛に郵送することも可能です。法務局に書類が到着した日が申請日となります 。
- オンライン申請: 技術的には可能ですが、専用ソフトのインストール、電子証明書の取得、ICカードリーダライタの準備などが必要となり、一度きりの申請者にとってはハードルが非常に高いのが実情です 。
4.5 ステップ5:申請後の手続き
申請後、書類に不備がなければ、通常1週間から10日程度で登記が完了します 。
- もし書類に補正すべき点があれば、申請書に記載した電話番号に法務局の担当者から連絡が入ります 。
- 登記が完了すると、以下の2つの非常に重要な書類が発行されます。
- 登記完了証: 登記手続きが完了したことを証明する書類。
- 登記識別情報通知書: これが、かつての「権利証」に代わるものです。不動産の権利者本人であることを証明するための、12桁の英数字からなるパスワードが記載されています。この書類は紛失しても再発行されないため、厳重に保管する必要があります 。受領方法は、法務局の窓口で直接受け取るか、申請時に返信用封筒を提出して本人限定受取郵便で郵送してもらうかを選択できます 。
第5章 本人申請 司法書士への依頼

本人申請の具体的な方法がわかったところで、最後に「本当に自分でやるべきか、それとも専門家である司法書士に依頼すべきか」という最終判断を下すための比較検討を行います。
5.1 メリット・デメリットの比較
本人申請のメリット
- 費用の節約: 最大かつ唯一のメリットです。司法書士に支払う報酬(手数料)を節約できます 。
本人申請のデメリット
- 時間と労力: 手続きを学び、書類を収集し、平日に何度も法務局へ足を運ぶなど、多大な時間と労力が必要です 。
- ミスのリスク: 申請書の記載ミスや添付書類の不備は、手続きの遅延や申請の却下につながります 。特に、登録免許税の軽減措置の申請を忘れるといった致命的なミスを犯した場合、節約しようとした司法書士報酬をはるかに上回る金銭的損失を被る可能性があります 。
- 手続きの複雑さ: 登記手続きは正確性が絶対条件であり、専門的な知識が求められる場面も少なくありません 。
- 住宅ローン利用時の不可能性: これまで述べてきた通り、最大の障害です 。
5.2 費用の内訳:何に対して支払うのか?
登記にかかる総費用は、大きく分けて「実費」と「専門家報酬」で構成されます。
- 実費(登録免許税など): これは国に納める税金や書類取得費用であり、本人申請でも司法書士に依頼しても必ず発生します。
- 司法書士報酬: 司法書士の専門知識、手続き代行サービス、そして「間違いなく手続きを完了させる」という責任に対する対価です。司法書士の報酬は自由化されており、事務所によって異なります 。所有権保存登記の報酬相場は、一般的に15,000円~50,000円程度とされています 。ただし、ハウスメーカーや不動産業者が紹介する提携司法書士の費用は、相場より高めに設定されていることがある点には留意が必要です 。
5.3「節約」に潜むコスト
この選択は、単に「報酬を払うか、払わないか」という単純な計算ではありません。これは、リスクとリターンの分析です。本人申請によって得られるリターン(節約できる報酬額)と、自らが負うことになるリスク(ミスの結果生じる金銭的・時間的損失)を天秤にかける必要があります。
例えば、ある所有者が35,000円の司法書士報酬を節約するために本人申請に挑戦したとします。しかし、住宅用家屋証明書の取得や申請に不備があり、登録免許税の軽減措置を受けられなかった場合を考えてみましょう。前述の計算例では、軽減措置による節税額は50,000円でした。この場合、所有者は35,000円を節約しようとして、結果的に50,000円の損失を被り、差し引きで15,000円のマイナスとなってしまいます。
このことは、判断のフレームワークを転換させます。本人申請は単に費用を節約する行為ではなく、手続き全体の成功に対するリスクを自ら引き受ける行為なのです。司法書士への報酬は、単なる作業代行料ではなく、手続きを正確に完了させる責任と、それに伴う安心感を購入するための費用と考えることができます。
この金銭的なトレードオフを具体的に示すため、以下の比較表を作成しました。
表3:費用比較シミュレーション(新築一戸建ての例) (前提:建物評価額2,000万円、税軽減措置の対象となる場合)
費用項目 | 本人申請 | 司法書士への依頼 |
登録免許税(軽減後) | 30,000円 | 30,000円 |
書類取得実費(住民票など) | 約2,000円 | 約2,000円(報酬に含む場合も) |
司法書士報酬 | 0円 | 35,000円(報酬例) |
【成功した場合の合計】 | 約32,000円 | 約67,000円 |
【税軽減を失敗した場合の合計】 | 約82,000円 | 適用外(専門家がこのミスを犯すことは通常ない) |
結論 | 節約可能な金額は約35,000円。しかし、一般的なミスによる潜在的損失は50,000円。 |
結論

これまでの詳細な分析を踏まえ、最初の問い「建物の所有権保存登記は誰でもできるのか?」に対する最終的な結論と、状況に応じた実践的な提言をまとめます。
分析結果の要約
- 誰が申請できるか? 法律上の資格は厳格に定められており、「表題部所有者」やその相続人などに限定されます 。「誰でも」できるわけではありません。
- 自分でできるか? 理論上は可能ですが、住宅ローンの利用が事実上の障壁となり、ほとんどの場合で不可能となります 。
行動指針
- 住宅ローンを利用する場合: この場合、選択の余地はほぼありません。金融機関のリスク管理方針により、司法書士への依頼が必須となります。所有者が注力すべきは、本人申請の可否を悩むことではなく、金融機関やハウスメーカーが指定する司法書士から提示された見積もりの内訳をよく理解し、費用が適正であるかを確認することです 。
- 自己資金(現金)で購入する場合: この場合は真の選択権があります。本人申請は、費用を節約するための現実的な手段となり得ます。ただし、それは、手続きの全容を学び、細心の注意を払って書類を準備し、時間を投じる覚悟がある場合に限られます。わずかなミスが大きな損失につながるリスクを考慮すれば、たとえ自己資金での購入であっても、数万円の報酬で専門家の確実なサービスと安心感を得ることは、多くの場合、賢明な投資と言えるでしょう 。
所有権保存登記のプロセスを理解することは、自らの最も価値ある資産を管理し、保護するための第一歩です。本人申請を選ぶか、専門家に依頼するかに関わらず、本稿で得た知識が、皆様が自信を持って不動産登記という重要な手続きに臨むための一助となることを願っています。