不動産売却 残置物の取扱い

不動産売却時の「残置物」の処理が見過ごされがちです。良かれと思って残したエアコンが引き渡し直後に故障し、買主から修理費用を請求されるといったトラブルは後を絶ちません 。これは残置物を単なる「モノの片付け」と軽視した結果起こる典型例です。残置物の処理は、所有権や契約不適合責任、予期せぬ費用負担といった法的・経済的問題を含む重要事項です。本稿では、残置物トラブルを未然に防ぎ、円滑な不動産売却を実現するための知識と戦略を解説します。

1.残置物の基本と法的リスク

「付帯設備」と「残置物」の境界線

まず、物件と共に引き渡されるモノを2つに分類する必要があります。

  • 付帯設備: キッチンシステムや給湯器など、建物に固定され、その機能性を高める設備です 。これらは物件の一部と見なされ、正常に機能する状態で引き渡されることが期待されます。
  • 残置物: 家具、家電、日用品など、売主が残していった私物(動産)です 。これらは物件とは独立した個人の所有物です。

問題となりやすいのが、エアコンや照明器具といった、どちらとも解釈できる品目です 。売主の善意が、買主にとっては「当然使える設備」という認識のズレを生み、トラブルの火種となります。

所有権と契約不適合責任

法的な大原則として、残置物の所有権は、物件を引き渡した後も売主にあります 。そのため、買主はこれらを勝手に処分できません。もし無断で処分すれば、損害賠償請求や器物損壊罪に問われるリスクさえあります

日本の不動産取引では、特約がない限り、売主は全ての残置物を自らの費用と責任で撤去し、「空っぽの状態」で引き渡す義務を負います

さらに重要なのが「契約不適合責任」です。これは、引き渡した物件や設備が契約内容と異なる場合に売主が負う責任で、2020年の民法改正で買主保護が強化されました 。例えば、付帯設備として引き渡したエアコンが故障していた場合、売主はその不具合を知らなくても、買主から修理や代金減額などを請求される可能性があります

2.トラブル回避の具体策

契約内容:「付帯設備表」と「特約」

トラブルを防ぐ最も強力な武器は、契約書に付随する書面です。

  • 付帯設備表: これは単なるリストではなく、契約書と一体となる法的書類です 。設備の有無や状態を明確に記載します。特に重要なのが「備考」欄で、「リモコン不調」「経年劣化あり、性能保証なし」といった不具合を正直に記載することが、後の契約不適合責任を回避する鍵となります 。
  • 特約条項: 標準契約とは異なる特別な合意を定める条項です 。残置物の扱いについて特別な合意をした場合、特約として明記することで法的な拘束力を持たせます。例えば、以下のような特約が考えられます。
    • 「買主は、本物件内に存する残置物一切を現状有姿のまま引き受けるものとし、売主は当該残置物について契約不適合責任を負わない。」
    • 「売主は、本物件内の残置物について、引渡日をもってその所有権を放棄し、買主が自由に処分することに異議を唱えない 。」

これらの書面に加え、契約時の状態を日付入りの写真で記録しておくことも、客観的な証拠として有効です

3.処分方法と費用

売主の状況に応じて、最適な処分方法は異なります。

  1. DIYアプローチ(自力処分): 費用を最も抑えられますが、多大な時間と労力がかかります 。自治体の粗大ゴミ収集を利用する場合、料金は1点あたり数百円から数千円程度です 。
  2. 専門業者への依頼: 時間と労力を節約できますが、費用は高額になります 。料金は物量や間取りによって大きく異なり、1Kで3万~8万円、一軒家まるごととなると20万円以上かかることもあります 。複数の業者から見積もりを取ることが重要です 。
  3. 価値あるものの売却: 状態の良い家具や家電は、リサイクルショップやフリマアプリで売却することで、処分費用を相殺し、収益を得られる可能性があります 。ブランド品、製造5年以内の家電、骨董品などが対象になり得ます 。
  4. 買取業者への売却: 「とにかく早く、手間をかけずに売りたい」場合に有効なのが、残置物ごと「現状有姿」で不動産買取専門業者に売却する方法です 。片付けの手間や費用が一切不要で、契約不適合責任も免責されることが多い一方、売却価格は市場価格の7~9割程度になるのが一般的です 。

実際には、これらの選択肢を組み合わせる「ハイブリッド戦略」が最も効果的です。まず価値あるものを売り(3)、次に自力で処分できるものを片付け(1)、最後に残った大型ゴミだけを専門業者に依頼する(2)ことで、コストを最小限に抑えられます。

結論

不動産売却における残置物問題は、①思い込みを排除し、②書面で明確化し、③計画的に行動する、という3原則で乗り越えられます。売却活動の初期段階から残置物の処理方針を不動産会社と相談し、「付帯設備表」や「特約」を駆使して法的に自らを守ることが不可欠です。そして、自身の状況に合った最適な処分方法を選択することで、予期せぬトラブルや費用負担を回避し、買主との良好な関係を保ちながら、安心・満足のいく不動産売却を実現できるでしょう。